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  1997年 オフロード゙世界選手権 優勝車 MX−4 


  1997年世界選手権 プロト & 優勝車    2023/01/28

 
1997年 世界選手権 ランチピットショップ にて





 1995年日本での世界選手権にて、オフロード4WDに於いて4連覇を
 果たし、5連覇に向ってフルモデルチェンジに取り組んだ。
 次回は1997年、LOSIのお膝元ランチでの開催となる。


 
世界選手権詳細  REPORT
http://www.hirosaka.jp/story74.html
http://www.hirosaka.jp/story75.html
http://www.hirosaka.jp/story76.html


 
プロトタイプの製作、テスト

 フルモデルチェンジの為、数種類のプロトを製作。 まずはフロントは、
 YZ−10を流用し、リア部のみ製作。


 リア部はアルミ、ジュラコンの削り出し。 アーム、ジョイントを長く取りたい為
 幅をギリギリまで詰めた。






 フロント部は、YZ−10のバルクヘッドを幅をつめて使用。
 バルクヘッドやアーム等は成型樹脂を製作中。






 フロントアームは、YZ−10を使用。


 リアアームは、ナイロンの加工。


 シャーシはFRP板の手切り。



 1966年は、同地区でオンロードの世界選手権が開催される為に、
 年初から何度も現地を訪れ、テストを繰り返した。
 2年間で延べ3ヶ月位は、滞在した。

 成型パーツの製作が遅れ、パーツが揃ったのは本戦開始1週間前になった。


 
MX−4 本戦用完成。

 当初はまだ名前は決まっていなかったが、アメリカのチームメンバーが
 勝手に、MX−4と名付けステッカーを製作してくれた。 じゃあ今回は
 この名前で行こう! とした。 そしてこれがメディアにも取り上げられて、
 決定してしまった。


 前後足回りは、成型樹脂となり、ボディも新しく出来た。




 前後ユニバーサルは、MIPに特別にアルミCVDを製作して頂きました。


 まだこの時点では名前が決まっていなかった為に、YZ−10となっている。


 リア部は、ほぼプロトと同じ。




 フロントバルクヘッドはアルミ削り出しで製作。






 アームは成型品、軽量の為カッターで削りました。 幾らも軽くならない
 ですが、気持ちです。




 ハブはマグネシウム。




 ウイングマウントもマグネシウム。




 そして無事レースが終了。 4WD世界選手権5連覇を達成する事が出来た。

 世界選手権はどれだけ多くのサポートを受けられるか? が結果を大きく左右する。
 今回も大変多くの人達に協力頂きました。
 特にモーテルの中国系オーナー夫婦は大変協力的で、特別に部屋を別に
 倉庫用として提供してくれたり、ママの調理用に器具を提供していただいた。

 また、やはりママの功績は大変大きい。 ママは海外のレースは1989年の
 オーストラリアに続き2度目だが、オーストラリアでは、2WD、4WD両クラス
 TQ、優勝のパーフェクト、そして今回は、2クラスTQ、4WD優勝、2WD
 3位という素晴らしい結果となった。

 今回、我々は2週間位の滞在であったが、ママは一度もコースに行っていない。
 我々やチームメンバーの食事、身の回りの世話してくれた。唯一コースに来たのは
 決勝2回で優勝が決まった、3回目だった。


 世界選手権詳細  REPORT
http://www.hirosaka.jp/story74.html
http://www.hirosaka.jp/story75.html
http://www.hirosaka.jp/story76.html



  2002年世界選手権用 プロト ツーリングカー


  2002年世界選手権用 ステルスカー      2023/01/17

 2000年 第1回ツーリングカー世界選手権にて原選手によりチャンプオンを
 獲得し、第2回連覇を狙い、新たにニューマシンの開発に手がけた。
 多くのメーカーがベルトドライブかシャフトドライブかと考えていた時期だった。

 私は、このどちらにも属さない、リア、ギアドライブ、そしてフロントはベルト駆動を
 考案し、試作を開始した。

 駆動の軽さ、モーターの反動トルクも無いために有利と考えた。 そして数種類の
 プロトタイプを製作し、テストを繰り返した。世界選手権開催地の南アフリカへも
 テストに行った。

 ただ、完全にステルスカーなので、人に見られない様に、色々なダミーマシンも
 製作した。

 しかし最終的には、時間切れで従来のTCを上回る事が出来ず、本戦には
 使用せずにTCで戦った。

 当時ヨコモでは、多くのワークスドライバーを擁していた為に、すべての選手のマシンを
 用意しようとすれば、少なくとも3ヶ月以上の期間を要する。 ましてプロトは殆どが
 ニューパーツを使用する為に、時間的に無理と判断した。


 プロトタイプは数種類を製作し、テストをくりかえしたが、一番苦労した事は
 人にバレない用にテストをする事だった。 コース等では他の人の注目を
 浴びる為に、最新の注意を払った。


 シャーシ等は、FP、カーボンの両方でテストをした。








 フロントアームは、ナイロンのマシンカット。


 フロント部はベルト駆動




 リアはギア駆動










 フロントデフの幅を狭くする事でロングアーム、ロングユニバーサルを使用
 することが出来た。










 リアデフは小径でコンパクトにまとまった。













 お問い合わせ info@hirosaka.jp

  1993年オフロード世界選手権 イギリス


  1993年世界選手権 YZ−10プロト      2022/09/15


 
1993年シュマッカーの本拠地イギリスでの世界選手権、シュマッカー40台
 ヨコモ40台という正に一騎打ちの様な状況となった。

 今回は、ワークス’93を改良した、プロトタイプで参戦。このご後モデル
 チェンジが予定されていた為に、一部成型品を使用する事となった。




 参考資料

 1993オフ世界選手権 決勝ビデオ(第2ラウンド)
  http://youtu.be/vDwX3DGLuPo


 レースレポート@
 http://www.hirosaka.jp/story50.html

 レースレポートA
 http://www.hirosaka.jp/story51.html

 レースレポートB
 http://www.hirosaka.jp/story52.html





 1989年より、YZ870をベースに改良を加えてきたが、ここでフルモデル
 チェンジを考え、ワークス’93をベースにプロトタイプを製作。







 
今回のコンセプトは、低く、強く、軽く、グリップを上げる事。


 ウイングはリアのトラクションを上げる為に、かなり高くセットした。








 プロポはKO製。


 ESCはノバックを使用。


 ベルトは抵抗の少ない2Mピッチを採用。




 メインシャーシは3mm厚。


 フロント部は10度のスキッドをつけている。


 アームはガルアーム。断面を丸くして土等を付きにくくする。厚みは9mm。


 少し重い為に手加工でくりぬき軽量した。


 リアも同じくガルタイプ




 リアバルクヘッドは従来のマグタイプを軽量加工。




 フロントバルクヘッドは、ニュータイプの成型品、Aアームを採用。


 ハブはマグネシウムを軽量化。


 正美はホイールバランスを取っていた。


 リアもマネシウムハブ。


 スポンジで防塵対策。



 このマシンは、世界選手権用のプロトタイプだが、レース参加のチーム
 ヨコモの選手に40台をサポートした。

 翌年、YZ−10として市販モデルが販売された。



  1988年1/12世界選手権 RC−12L


  1988年世界選手権 RC−12L      2022/09/05


 
1986年まで、打倒ワークスを掲げ挑戦したが、全日本選手権優勝をする
 事が出来、翌年にはオフロードにて世界選手権優勝を果たす事が出来た。

 そして1988年に正美と共にヨコモに入社し、始めての世界選手権、1/12
 にアソシワークスとして認められ、参加する事となった。

 初めてのワークスとしての参加、ましてや世界のNO−1チームでの参加となり
 何も分からないままで、失敗ばかりのレースであったが、皆の後押しで何とか
 優勝する事が出来た。

 この世界選手権ではレースまでに多くのテスト、練習の機会があり、また予選
 も9回も行われ、予選3日のレースレース終了後にも練習が出来、正美にとって
 は、大変多くの良い練習となった。


 
1998年1/12世界選手権 レポート @
 http://www.hirosaka.jp/story21.html

 1998年1/12世界選手権 レポート A
 http://www.hirosaka.jp/story22.html


 1997年オフロードに続き連覇する事が出来た。 オン、オフの優勝は
 史上初となった。



 ライバルでチームメイトのトニー・ナイジンガーと対戦。




 今回は大会中、どんどんとマシンが進化していった。


 ボディも決勝前日に、軽量ボディが入手。アソシの社長の指示で
 参加選手の一人が、自分のレースを放棄して徹夜で塗装をしてくれた。




 塗装して頂いた、選手のサインです。 大変喜んで頂きました。


 マシンもどんどん変化していきました。






 モーターマウントも一体型の削りだしで、ドイツの選手がサポートして
 くれました。




 ハブはマグネシム製。








 モータマウントブレースにはテフロンテープを貼り付け。


 今回は、光美も手伝いのつもりで参加させたが、最終予選前までは、
 全体の9位にいて、皆をびっくりさせた。 もしAメインに残ったらどうしよう?
 と心配していた。 幸か不幸かBメインで安心した。

 しかし、正美の予備カーのほぼ市販品での健闘、皆の評価は大変高かった。




 今回のレースで改めてワークスの凄さを知ることが出来た。我々は大変幸運
 で良い結果を得る事が出来たが、チーム内での地位を保つ事は大変な事
 だという事を教えられた。 戦いはレースだけでなくチームの中でも戦わなければ
 ならない。



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