廣坂 物語
廣坂 正明 及び 正美 の生い立ち、歴史を記録します。
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Vol−37
1991年
TV インタビューを受ける、正美。
リーディレース in USA 1月 (詳細記録紛失)
今回で4回目の挑戦となった、リーディレース。 ある意味では世界選手権
より優勝するのは難しいと言われているこのレース。過去3回の参加でも、正美
は勝つ事が出来なかった。
このレースは、タイムレースでは無く、すべてが決勝レースの様に着順で競い、
2WD、4WDの両方での着順ポイントの合計で総合順位が決定される。
正美はラップタイムでは、誰よりも速く走行する事が出来るが、常々練習では
殆どライバルがいない為に、一人で練習する事が多く、競り合い等はあまり
得意では無く、レースではいつも先行逃げ切りが、正美の勝ちパターンとなる事
が多くあった。
リーディレースでは、グリッドでの同時スタートで、スタートポジションは各ヒート
毎に変る、その為に、ヒートで1位ゴールする為には、多くの選手と競り合い
そして抜いていかなければならない。 正美のあまり得意ではないレースだ。
過去のレースではいつも、ベストタイムでは速いのだが、競り合いでクラッシュを
したり、抜け出せなくて、結局は良い成績を出す事が出来なかった。
競り合いは通常のレースでも非常に重要な為に、昨年はチームメイト等と競り
あったり、追い越しをする練習を重点的にするようにした。
そしてレースでは、今までは早くトップに立とうとして、クラッシュ等をするケース
が多かったが、今年は慌てずゆっくり余裕を持って、タイムレースではない為に
レースが終わるまでに先頭に行けば良い...とじっくり構えて、少しずつ順位を
上げて行く戦法を取った。
そして作戦通りに殆ど全てのヒートでトップを取る事が出来、念願の優勝を
する事が出来た。 そして世界選手権全てのタイトル、そしてリーディレースの
タイトルをも、同時に独占する事となり、世界でのチャンピオンと言えば、正美
しかいないという事となった。 そして、周りからはRCキングと呼ばれる様に
なった。
ワークス’91 の製作
89年世界選手権で優勝した4WDマシンはプロトタイプで、殆どが手作りの
ものとなった。これを市販に向け改良しなければならない。私にとってはメーカー
としての始めて市販車の指揮を取る事となった。
しかし市販車は世界選手権使用車の様に、レースに勝つ事だけを考えれば
良い訳では無い。 誰でも扱えて、また耐久性、そして製造コスト等も考慮
しなければならず、とてもプロトタイプをそのまま市販車にする事は出来ない。
しかし、私は是非世界選手権で使用したマシンを一度ユーザーにも体験して
欲しいと思い、全くのレプリカを50台限定販売した。
そして、その後約1年をかけ新たに市販車の設計に取り掛かった。今年の
世界選手権には、この市販車をベースに戦わなければならない。今年の
オフ世界選手権はアメリカで開催される。
ニューマシンのコンセプトとしては、ロングアームにてギャップの走破性を良くし
低重心、そしてステアリングのレスポンスを良くする為に、重量を中心に寄せる
事を重点とした。 すべてを一新する事は時間的に難しく、また危険性も
高い為に、今回は駆動系に関しては大きな問題は無い為に、従来のものを
殆どそのまま流用して、重量配分や足回りを一新する事とした。
一番大きな問題はバッテリーの搭載方法だった。プロトでは振り分けで4−2
セルで2セルは縦方向に積む変則的な方法をとったが、これは多くのドライバー
から顰蹙をかった。
また社内やユーザーからもパックバッテリーを積める様にして欲しいとの要望が
あったが、それに応えるには、どうしても駆動系(センターシャフトを持ち上げる)
方法を取らなければならず、重心がかなり上がってしまう為に、私はどうしても
振り分けタイプを譲らなかった。しかも当時主流の3−3では、重量バランスが
取れないと主張した。しかし殆どの人は3−3がバランスが良いという。
確かにバッテリーだけを考えると3−3はバランスが良いが、必ずモーターがある。
このモーターが、バッテリー約3セル分の重量がある。そしてこれをセンターには
積まず、少しオフセットされている。そして他のメカ類の重量等を考慮すると、
4−2に積むのが一番バランスが良いと考えたがこれは受け入れられなかった。
しかしアメリカでは7セルでレースを行っていた為に、アメリカでの市場を考慮
すると、7セルを搭載出来る様にしなければならない。これは私に取っては大変
好都合だった。バッテリーは右に4セル、左に3セルを積める様に設計した。
こうすると、6セルの場合は、3−3でも4−2でも搭載する事が出来る。そして
車幅を狭くしたい為にバッテリーを出来る限り内側へ寄せようとしたが、中央に
ベルト等がある為に、あまり寄せる事が出来ない。そこで考えたのがスペースに
余裕がある、フロント部をギリギリまで内側に寄せる事だった。
すなわちバッテリーをハの字型に搭載する方法だった。これを見たチーム員等
はカッコ悪い!と言った。 確かに少し不自然かも知れない。しかしこれが良い
結果を生めば、良い方法という事になる。我々は”置物”を作っているのでは
無い、レーシングカーを作っているのだ。 レースに勝てばこれがカッコ良くなる。
と押し通した。
試作のシャーシ等の板ものは、私が手切りで製作出来るため簡単にテストは
出来るが、アームやステアリングブロック、ハブキャリア等は樹脂成型の為に、
試作は少し簡素化したアルミや樹脂の加工品でしなければ成らず、剛性等
が違う為に、実際の製品とは同じものでテストは出来ない為に、非常に難しい
判断が必要となる。
そしてこれらは、型を製作するのは非常にコストも高く、また時間が掛かる為に
やり直しがきかない。また樹脂にも様々な種類があり、何を使用するか?も
大きなポイントとなる。これも成型の収縮率が違う為に、あとから樹脂を変える
事はむつかしい。
従来の様に、ワンオフで簡単に手加工で製作するものと違って、ある意味大変
難しく、時間もかかる事となった。そしてこれらのパーツを作るにはすべて図面が
必要となる。私は簡単な図面しか描けない為に、CAD等の勉強をしようかとも
考えたが、もし私が図面等を描けば、たぶんテストをしている時間が無くなると
考え、こちらは専門家に任せることとした。
そして、これがドライバーと同様に意志の疎通が大変重要な事となる。
自分の思ったイメージのものが、実際の図面となりそのもが出来上がるのか?
完成してみないと分からないのが現状だった。
始めての作業に試行錯誤しながら、テストを続けていった。そして私にとっては
最初の市販車であるワークス’91が完成し、発売する事が出来た。 しかし
当初のマシンは量産に際し、多くの妥協があり決して満足が出来るものでは
なかったが、これで戦うしかなく、また結果を出せばすべてが良い方向ととなる。
世界選手権に向って、一直線に進むしか無いと考えた。
ユーザーへのアドバイス
チームメンバーへの講習を、まとめてレポートされた。
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