廣坂 物語 
  History of the Hirosaka family and Masami.

                        更新 2020/03/18

 廣坂ファミリー 及び 正美 の生い立ち、歴史を記録します。

 注: 私の本名は、廣坂 正明 ですが、 ヨコモ在籍中は会社の意向にて
    広坂 真詮 (ヒロサカ マサアキ) を使用していました。



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  NEW! 廣坂物語 番外編        2019/04/24更新

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 以前の記載項目

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 YOUTUBE

 A さんより、投稿頂きました。 

 1987年 IFMAR 世界選手権 オフロード4WD 決勝
 http://youtu.be/T80_RFh7Qog

 
1988年 IFMAR世界選手権 オンロード 1/12決勝
 http://youtu.be/ykKNnyqEHXk

 
1993年バジルドンでのオフ世界選手権の決勝
 http://youtu.be/vDwX3DGLuPo

 1994年 IFMAR世界選手権 オンロード 1/12決勝
 http://youtu.be/FsKENSGBG-k

 1994年 IFMAR世界選手権 オンロード(プロ10) 1/10決勝
 http://youtu.be/H3aoGqCzrAM

 1996年 IFMAR世界選手権 オンロード 1/12決勝
 http://youtu.be/X4WPnYJs4XA

 1997年 IFMAR世界選手権 オフロード4WD 1/10決勝
 http://youtu.be/tzk9Qvt_T2Q



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 1988年1月より半年間連載されました、漫画 TOP 1(トップワン)
 のコピーです。


 コミック ボンボン 掲載 TOP−1 ← クリック 

    



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   Vol−82

  1998年 1/12 世界選手権 イギリス

 近年オンロード部門としては、ツーリングが主流となり、1/12や
 1/10の人気も下降中の中、オンロード世界選手権がイギリスにて
 開催された。今回はツーリングの世界選手権も開催が予定されたが、
 ルールの問題や準備が整わず、とりあえず今回はテストレースで
 ワールドカップとして1/12と1/10の間の期間に開催される事となった。
 ただ、詳しいルールやレース方式等も事前には殆ど発表されない状態だった。
 そして次回2000年の日本での開催より正式競技とされる事となった。

 今後主流となるだろうカテゴリーの為、各メーカーは、このイベントに大変
 力を入れる事となる。

 勿論我々も同様だが、一度に3種目は大変負担が大きい。 また昨年
 世界選手権で優勝した、MX−4の市販化、そしてツーリングの開発や
 テスト、レース等に時間を取られ、1/12等は殆どテストを出来ない状態
 だった。

 また、1/12は正美は前回アメリカでは優勝しディフェンディングチャンピオン
 だが、今回はコースがカーペットの為、日本ではカーペットコースは殆ど無く
 テストをする機会はなかった。

 そんな中、始まった1/12レース、練習か開始された早々、我々は大変
 大きな衝撃を受けた。スパシェット選手が異常に速い、そして走行時間も
 大変長い。 これは明らかにパワーソースに大きなハンディがある。
 カーペットは、アスファルトに比べ負担が大きい。

 モーター担当のリーディ氏も認めている。大きな違いはESCにあると言う。
 今回LRPが新しく開発したESCは非常に効率が良いという。
 同じリーディモーターを使用しているチームメイトでも、大変大きな差が
 あると言う。

 リーディ氏は、LRPを使用すれば? と提案してくれた。 しかし我々は
 GMを販売している。正美は多くのスポンサーを持っているが、何処とも
 正式な契約はしていない。これはレースにおいて何時でもスポンサーを
 変えられる様にする為である。

 そして私達はこのままでは絶対に勝てないと判断して、会社に相談をしたが
 結果はノー、もしLRPを使用すれば、GMが売れなくなってしまう。

 私達は宣伝マンだから仕方がないね。 現状でベストを尽くすしかない。
 そんな時、LRPの社長ユーゲンより提案があった。ブランドを隠して正美が
 使用してみてはどうか? と言ってくれた。 自分はESCの良さが実証され
 れば満足だ、もし優勝しても名前は出さなくても良いと言ってくれた。
 GMのケースにLRPを入れても良いとまで言ってくれた。

 それで再度会社に相談をしたが、やはり結果はノーだった。 私達は戦場に
 丸腰で掘り出された感じを受けた。 この時から私達の考えが変化した。

 今まで我々はレースに勝つ事を一番に考えてすべての事を行ってきた。
 そして、これまではそれなりの結果を出してきたが、最近は周囲では勝って
 当たり前、という風潮が出てきた。 会社もほっておいても勝つだろう...
 と思っている様に感じてきた。

 社内でも勝利の有難さ等は薄れ、以前だとレース出発時には皆で頑張って!
 と送り出して貰ったが、最近では何処へ行くの? 等といった感じだ。

 我々は、今や勝ちたいという気持ちより勝たなくてはいけないという責務を
 負いレースを行ってきたが、最近は戦意に変化が現れてきた。

 もうレースが重荷になって来た。 この様な精神状態では絶対に良い結果は
 出せない事は分かっていたが、なす術は無かった。 こんなときミユキがいて
 くれたなら...今回は仕事の都合でマネージャーとして来れなかった。

 そしてレースは惨敗...次のツーリングのワールドカップにも響くだろうと
 感じた。


  

    

   

  

  



  




  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  












  



  

  

  

  








 つづく....