廣坂 物語 (番外編)
   悲運のマシン MX−4 物語


                           2018年4月24日〜 記




  MX−4 4バージョン

 MX−4 PROTO世界選手権バージョン


 MX−4 市販バージョン


 MX−4 YMPバージョン (YMP−015)
 現在再生中


 MX−4 最終バージョン 世界選手権仕様 (未公開)
 現在再生中


 大きく分け以上の4種類が存在します。 順次細部の紹介をします。


  




 私の40年以上にわたる、RCカーマシン開発の中で特に思い入れの
 あるマシンは、1983年全日本選手権ではじめて表彰台に上った、
 ALF−7、1994年優勝を宣言して臨んだ、ドイツでのYRX−10
 そして、オフロード最後となったMX−4と、私自身の認識中では最後の
 マシン MR4−TC2002 (YMP−005)となる。

 この中での特に、MX−4は3年以上にわたり開発を続け、全くの新設計
 で1997年の世界選手権に望み、TQ、優勝を果たし脚光を浴びましたが
 その後様々な出来事や、不運に遭遇し大変残念な最期を向かえる事と
 なった、悲運のマシンとなりました。

  その様な事情で私にとっては、一番思い出深い、また自分の人生と重なる
 部分もある様に感じられます。

 このMX−4の歴史を私のRC人生の一部と捕らえ、誕生から引退までを
 記録として残しておきたいと思います。



 
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 開発プロジェクト本格スタート

 1995年10月、勿論入社以来開発の中心はオフロード4WDであったが、
 以前は、YZ−870をベースに改良を重ねてきた、その結果89年から
 世界選手権にて4連勝を勝ち取る事が出来た。しかしYZシリーズでは基本
 パーツはあまり変らずそろそろ限界と考え、すべてを一新出来るニューマシンの
 開発を望んでいた。

 しかし現状はすべての力を注ぐだけの余裕は無く、構想だけで終わり現実の
 目前の課題だけに追われていた。

 しかし、夫々の各パーツにおいては、一部の試作やテストは継続していた。
 そして、95年の日本での世界選手権後に、ようやく会社も新規開発の
 許可をする事となった。この背景には今まで同胞であった、LOSI社が新しく
 4WDの販売に踏み切り、そして次回の世界選手権がLOSIの地元である
 ランチピットショップでの開催となる為に、ようやく危機感を持った様に思えた。

 新開発にあたり、まずは私の頭の中で大きなコンセプトの整理をした。 

 全体としては、軽量、スリム、シンプル、駆動系軽減、重量バランス等を
 大きなテーマとし、自分としては出来るかぎり他社の真似はしないという事
 そして真似をされない様に...だった。

 そして全てのパーツを再度見直し、なにか少しでも良い方向を模索する事と
 決め本格スタートとなった。

 当時は、レース部門開発としては、主として私、正美、そして図面作成や
 部品調達の3名のみでほぼ全てを賄っていた。 私は基本的には図面等は
 ひけない為に、口頭や、漫画でデザイナーに伝える、そしてそれを図面化して
 製作社に依頼する。当時はCADの使用も始まったばかりで、まだ十分に
 稼動していなかった為に、非常に時間が掛かった。

 
 
全体レイアウトの決定。 

 細くそして前後のオーバーハングを短くする為には、駆動系のレイアウトが
 非常に大切となる。 駆動は2ベルトで出来る限り低くセットすると決めて
 いた為に、どうしても前後のベルトの配置で幅を取ってしまう。

 この幅が全体のレイアウトに大きく影響する、従来では前後のベルト位置が
 かなり横方向に広がっている為に、どうしてもバッテリー等が広くなってしまう、
 この幅が広くなると、デフの幅も広く、ひいてはドライブシャフトが長く取れない
 と言うこととなる。

 89年の世界選手権のマシンではナロー化の為に、バッテリーの配置を4−2
 の変則的な方法で搭載し、大顰蹙を買った苦い経験がある。

 そして、ベルトは出来る限りセンターへ寄せたい、これはシャーシの捩れに影響
 を与える。 1ベルトにしてセンターに通す方法も模索したが、他に色々と
 不具合が出る為に、これは却下。

 そして試行錯誤の結果、辿り着いたのがモーターマウントとモーターの間に
 ベルトを通す方法である。

 

 これはわたしにとってはコロンブスの卵であった。 何ヶ月もの間ベルトやプーリー
 と睨めっこをしながら、配置を考えていたのだが、どうしても希望の位置に配置
 する事が出来なかった。しかしこの方法だと一気に私の不満が解決した。
 まずベルトはリアはほぼセンターに配置出来、フロントも5mm程度のオフセット
 で済む、そしてモーターもかなりセンターよりにセットが出来る。

 これがMX−4の一番の発見だったと思う。これにより他に色々な利点が
 出てきた。 メインシャーシは予想通りに狭くする事が可能となった。

 これで全体の主な寸法を決める事が出来る。 バッテリーの配置を決める
 バッテリーは、私は4−2で積む事が一番良いと思っていたが、あえて右側
 には、6セル分のスリットを取り、搭載位置で前後の重量バランスを調整
 する事も可能となった。

 バッテリーの4−2に関しては、多くのチームメンバーからの反発もあったが、
 私が理由を聞くと、バランスが悪そうと言う。 何も分かっていない。バランスと
 言うならば3−3で搭載すると、片方はバッテリー3セル約150gしかし反対
 は、モーターある。モーターの重量は約150g これを単純比較すると左右で
 300g対150gの比率となる。勿論モーターは少しオフセットされるために、
 バランスは少し変るが、4−2だと200g対250gとかなり近くなる。

 また、バッテリーの横方向の積み方で、もっとバランスが取れる。この原理が
 分からないのか? 多くのユーザーは既成観念に捉われている。
 私は他社が採用して無い事を幸運に思った。

 概ねシャーシのレイアウトが決まると、前後のバルクヘッドやデフに取り掛かる
 デフはベルトのオフセットが少ない為にかなり狭く出来る。そうするとバルク
 ヘッドの幅も狭く、アームは長く取れ、またユニバーサルも長くする事が可能
 となる。 アームが長くなるとバンプでの角度変化が少なく、安定する事と
 ストロークを多く取る事が可能となると考えた。

 アームは、最終的には成型をするが、成型をしてしまうと変更が難しい為に
 まずはNC加工品でテストをする事とした。

 駆動系もプーリーを新規に製作しなければならないがこれも成型の為に
 とりあえずは従来のものでテストを開始した。

 モーターマウント、バルクヘッドが出来た所で、メインシャーシを試作して
 走行テストが出来る様になった。 ここまでに約3ヶ月要し開始は、年明け
 96年となった。

 とりあえず走行可能となったプロトは、公にはしたく無い為に、早朝や深夜に
 谷田部アリーナでテストを繰りかえした。 従来のYZ−10との比較を中心に
 テストを繰りかえしたが、部分的には良い箇所は多くあったが、全体としては
 煮詰まったYZ−10を上回ることは非常に難しかった。

 当初は多くの細かいパーツ等は、YZ用を使用していたが、順次成型に取り
 掛かっていかないと間に無い為に、足回りのステアリングブロックやハブキャリア
 等を優先して、決定をした。 足回りのベアリングは、6×10を採用した。
 これは、従来の5mmに比べ幅が狭く、ボールの数が多い為に、軸間が少し
 広く取れ、シャフトのガタが少なくなる事、またシャフトは6mmとなる為に強く
 なるメリットがある。 


 
つづく...