廣坂 物語
廣坂 正明 及び 正美 の生い立ち、歴史を記録します。
***********************************************
Vol−25
オフロード全日本選手権 (岡山)
オランダでの1/12世界選手権から帰国したのが、8月22日そしてその週末
には、オフロードの全日本選手権が開催される。しかも場所は岡山となった。
これには私と正美は、ヨコモのコマーシャルカー(デリバン)で行く事となった。
地方出張は殆どがこの車で行った。九州から北海道まで...。
この車はどちらかと言うと市内配達用で、ホイールベースが非常に短く小回りは
効くが、高速走行には全く向いていない。シートも硬く、サスも非常に悪い、
荷物を綺麗に積んでいっても、目的地に着けばあちこちバラバラになっている。
正美は免許を持っていない為に運転はいつも私一人だ。長距離の場合は
後ろの荷物室に布団を敷いて正美は寝ている。 しかしあのクッションで良く
眠れるといつも感心していた。
今回は帰国後直ぐに準備をして翌日には、岡山までの約800kmのドライブ
となった。途中京都を通過する為にここで少し休息。
今回は正美の勧めでママも同行する事となった。ママはローカルレースは良く
同行したが、全日本選手権等のビッグレースは初めての参加となった。
又今回はアメリカよりリーディ氏とクリフ、そしてジェイも来ると言う事で文三氏
も是非ママを紹介したいと言う事で、同行する事となった。 この事が今後の
我々のレースに大きな影響を及ぼすとは、全く考えもしなかった。
事前のインタビュー (スーパーマシン)
レース前日、k−スはすでに完成。綺麗なコース。小高い崖の上が操縦席。
操縦中は皆真剣な表情。
決勝のスタートは、ルマン方式。
2WD、4WD ダブルTQ、優勝
さすがリーディーパワー。リーディ氏も満足。
チームヨコモ+アソシエイテッド。がっちり握手。
ママは初めての全日本選手権。
大変忙しい夏が終わった。 終わってみれば、世界選手権、全日本選手権
すべてで、TQ、優勝という快挙だった。やはりこれは世界最強チームのアソシ
による指導が大変大きかったと思う。
レースへの考え方、進め方等、我々が知らなかった多くの事を教えられた。
一番大きな事はやはり”チーム”という事だった。一言で言うのは大変難しいが
RCレースは勿論個人戦だが、可能性のある人間を皆で勝たせるという考え
方は、日本人にはなかなか出来無い事ではないかと思った。
今回のレースでの正美の快走のポイントはギャップの走破だった。今回の
コースはレース進行と共にギャップが大変ひどくなっていった。当然皆はギャップ
を避けようとするが、穴を避けると大きく遠回りをしなければならない。
正美は、ギャップの内側に一台分のスペースがあれば、イン側を通る、そして
もしそのスペースが無ければ、ギャップを完全に遠回りをするのでは無く、
車半分、すなわちイン側だけギャップに入る。そうするとマシンはイン側へ傾く
為に転倒はしない。
そしてコースは短くなる為に有利となる。勿論口で言う程簡単な事では無いが
正美はその為に大変正確なドライビングを心がけた。
今回のでの最大のポイントは、リイーディ氏とクリフやジェイ等と本当の意味
での信頼関係が出来た事だと思う。 その中を取り持ったのが、やはりママで
あった。関西のオバタリアンとも言えるママは、対面早々に関西弁で話かけた。
勿論通じる訳は無いのだが、すぐに皆に好感を持たれた様だ。そしてレース中
には殆どみんなの前には顔を出す事は無かったが、絶妙のタイミングで食べ物
や飲み物の手配をする。
直接手渡す訳では無いが、リーディ氏等はすぐにママの采配であると気がついた
様だった。 そしてリーディ氏は、レース中に正美が、疲れたでしょう! と肩を
揉んでくれたという。 長年レースをやって来てドライバーにこの様な気遣いを
された事は無い。正美は本当に優しく思いやりがある。勿論これもママの教育
だろう。と言ったそうだ。
そしてレースが終わり。帰りに是非京都で打ち上げをしたいとのママの要望で
アソシメンバーとともに、私の知人の鳥料理に行き、祝杯を上げる事にした。
私と正美は殆どお酒等は飲めないが、他のメンバーは皆酒好きで、まずは
ビールで乾杯! ママの飲みっぷりに感心したクリフは、じゃあママと飲み比べを
しよう! と始まった。 中ジョッキを一気飲み、どちらが早く飲み干すか?
みんなが注目、よ〜いスタート! 1、2、3秒、二人同時に終了。皆拍手
喝采。酒の勢いもあり、皆大変盛り上がり、ヒロインはママ、正美の事等は
皆忘れてしまっていた。
リーディ氏、クリフ、ジェイは言葉は通じないが、(勿論文三さんが通訳はする)
完全に意気投合していた。
そして帰り際には次回、正美は来なくてもいいから、ママは必ずアメリカへ来て
欲しいといった。その後この”ビール事件”は、チームアソシ内にレース結果よりも
多く伝えられたそうだ。
次のレースは、10月に来年のオフ世界選手権が開催されるコースにて、
オーストラリア選手がある為に視察を兼ねて参加する事とした。
Vol−26 へ...